人なき町
二〇一一年三月一一日、一四時四六分、東北地方太平洋沖地震発生。
郷里福島は、大地震、大津波に加へ、原子力発電所の重大事故に見舞はれる。
避難指示・屋内退避の町の名にありありとして級友の顔
「放射能」に追ひ立てられて流離へるふるさと人の苦しみ映る
むなしくも助けを呼びて絶え入りしいのち幾そばく人なき町に
大地震に果てし骸の捨て置かれ放射線日日ふりそそぎたり
月の夜を起ち上がるべし「放射能」浴びしたましひ幽鬼となりて
住民は飢ゑて死ねとや原子力発電所に近きふるさと物流途絶ゆ
一号機につづき三号機爆発弟の携帯メールの文乱る差し迫りくるものに怯えて
弟夫婦、叔父を伴ひ奥会津へ自主避難「放射能」広がる下を逃れゆき如何にありしか九十歳を連れ
避難先より届きしメール春されどなほ雪深き画像を添ふる
避難せぬ兄の電話の言葉はも覚悟を決めしごときひびきに
避難せぬ老いたる声音静かにて鬱を病む子のあればと結ぶ
住む人の失せゆく町にのこりつつ姉の電話の声のうはずる
被災地の窮乏を観て入り来たる店舗のうちは物あふれけり
梅のはな仰ぐまなこに浮かび来も壊れし町に降りくだる雪
人去りし村にからくも生きのびし家畜ことごとく殺すべしとぞ
ふた月を乳搾りては捨ててきてつひに牛飼ひの道を断たるる
痩せはてし牛は四肢をば踏んばれり処分場へと運ばれむとき
見世棚にかつがつ並ぶ福島産アスパラガスをあがなひにけり
校庭に咲き撓るらむ桜かも忌はしき風流るる空に
*
トウキャウの電気をつくりきたりけりその結末の惨たらしさよ
原子力発電所は地元のつよき要望と安全なりとあざむきにつつ
振興の名にたはやすく乗りにけむとりのこされし出稼ぎの村
(Ⅱ部冒頭作品)
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